鶴見のボンとの出会い
鶴見酒造さんのお話 1
鶴見のボンとの出会いは・・・今を遡ること・ん年まえデシタ。
日本酒の蔵元さんと遭遇は初めてだったので、
最初から勝手にイメージを決めていた私。
愛知県津島市にある蔵元の五代目。
そしたら「えっ?」
「ええーーっ?!」(あちらもビックリしたらしいです)
だって若いんだもん!
(お互い勝手に年寄りかと思ってたのです。
まあ、まりもままはママですからー。現実おばさんですが)
しかも、さわやか~な人だったんですよね。
彼を見た人は私と同様の印象を持つらしく・・・
「こりゃまた、すっきりした方で」とか
「えらい涼しそうな方で」とか言います。(笑)
ま、要するにハンサム?(ということにしておこう・笑)
最近こそ、カップ酒が流行したり、お洒落な立ち飲みが
流行ったりする昨今ですが、
当時私が持っていた日本酒へのイメージ
は泥くさいおやじ的なものだったのです。
「ねーねー。どんな業界なのう?」
私はタケキョン、彼はマイケルとあだ名で呼び合う
「友だち状態」になってから尋ねてみました。
「んー。古い業界だかんねー」という返事。
「古いって、どう古いの?」
「タケキョン、黒電話って見たことある?」
「昔実家にあったけど」
「あれがね、今だに取引先のお店にあったり
するんだなぁ~」
「えーーっ。じゃ・・・」
「そう。インターネットどころかファックスすら
なかったりすんだよネ」
「ひえええええ」
本当にそんな昔ながらの商売をしている
酒屋さんもいまだ多いかったのだそうです。
だから、マイケルが跡を継いだ当時は
「ホームページを作りたい」とか
「ネットショップしたい」と言っても
幼い頃からの自分を知っている
番頭さんたちに
「ボンが何言うとるかね~」と
相手にもされなかったんですと。
ところが時代が変わり、スーパーへの納品も
「棚わり君」なんてソフトを使って
納品するようなってからは周囲の対応が劇的に変化。
「『専務!よろしく頼んます!』
てなもんで。えっへっへ」
と、若ダンナ専務である彼。
「そっか~、マイケルよかったじゃん~」
「んだな~」
ちなみにどうしてマイケルと
呼ばれているのかというと・・・
彼が「俺、ペンネーム作ったんだよ。
『マイケル・アンタッチャブル・ツルミ』つーんだ」
と最初から名乗っていたからです。(笑)
ま、冗談が好きな人なんですね。
でもよくよく知り合ってみると、
日本酒業界は面白い人が多かった。
彼もその一人ですが、以来いろいろなところに
ご一緒してさまざまな日本酒(騒動?)を体験しています。
だからこの連載は、日本酒界のお笑い芸人(違うか)
マイケルの奮戦記でございます。
「何にも専務(せんむ)、
体は常務(じょうぶ)?なんちて」
と、今日もダジャレをとばしつつ、
頑張っているマイケルとの珍道中。
次回以降もどうぞお楽しみに。(笑)
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