笠間の旧家、笹目宗兵衛商店
笹目宗兵衛商店のお話 4
笠間市は、茨城県中央部に位置した旧城下町で、関東の小京都と呼ばれています。落ち着いた町並みはのどかで美しく、たびたびドラマの舞台にも利用されているそうです。蔵のたたずまいも、笠間稲荷の神社の姿も清楚な静けさで、びっくり。まりもままは初めて訪れたとき、軽いカルチャーショックを受けました。(茨城県というと、水戸気質の勇壮なイメージの方をもつ人が多いのではないでしょうか)
交通はJR水戸線と国道50号線が東西に通っています。JRの利用客は少なめですが、特急の発着時間に合わせて周遊バスが無料運行されており、それを使うと便利です。
http://www1.ocn.ne.jp/~kasama/freebus.htm
笹目宗兵衛商店会長、笹目和子さんにお家のことを色々とお聞きしてみました。
「こちらにお住まいになって、何年くらいになられますか?」
「嫁いでからですから・・・もう39年ほどになりますか」
「笹目家は、何代目で何年くらいたつお家なのですか?」
「息子の信次郎で○○代目です、○○年くらいと聞いています」
「和子さんご自身はどちらのご出身ですか?」
「栃木県の宇都宮です。父が砂糖問屋をやっておりまして、5人兄弟の真ん中でしたから、大学を卒業して2~3年でお見合いして、笠間にまいりました」
でも、お見合いが行われた宇都宮のうなぎやで、見合い相手のご主人とそのお母さまは一口もうなぎを食べなかったそうです。というのも、お二人とも守り本尊が「うなぎ」。そのため、昔から絶対に口にしない、と。それはあとで知ったそうです。
「他にも色々なしきたりがあるのでしょうね。旧家で、蔵元ということで、さぞかし大変だったのでは?」
「うちも商家でしたが、わりと自由な土地柄でしたので、笠間では箸の上げ下ろしから厳しく教えられて、沢山のしきたりがあって、最初はびっくりしました」
「結婚式も盛大だったそうですね」
「昔はそういうことが多かったのだと思いますが、二日間にわたって式をあげました。1回に100人づつ、昼2回、夜2回の合計4回、笠間神社でとり行われたのです。」
お聞きして特に驚いたのは、お正月のお供え。飾らなくてはいけない場所が100ヶ所くらい、あるそうです。ご先祖さまの供養も半端ではなく、毎月3~4回は誰かしかの命日があるため、年中お墓に詣でる。(!)お盆には、朝昼晩と10何人分のご先祖さまにお食事をご用意し・・・
「お昼がおうどんだったら、夜はご飯とおかずとか、メニューも替えますの」
「えーっ。生きている人のお世話より大変では」
「ほほほ。そうかもしれません。今はそこまではしなくてもよいかもしれないと思っています。若い人には若い人のやり方で新しい時代を築いていってほしいですから」
さまざまなご苦労があったと思われるけれど・・・笹目さんのお顔には充実した時を生きてきた、晩年の女性の穏やかな微笑がありました。
地方に取材に行くと、都会とは違う、窮屈とも思える暮らしぶりに驚かされることがよくあります。でもそこに生きる人たちは、本当にしっかりとその土地に根をおろして頑張って生きていて、そんな姿に感動したりします。都会であわただしく流行りすたりを追いかける仕事をしている自分の身のほうがかえって不自由に思えたりして。(笑)
あたしも笠間に住めば、ああいう清楚でおっとりした雰囲気になれるのかもー。そんなわけ、ないか。(笑)
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